すきとおった風が吹き、桃色の美しい朝の日光が降り注ぐ季節になりました。桜の木々は厳しい寒さにじっと耐え、年に一度の晴れ舞台を心待ちにしています。小岩井牧場や花巻温泉郷などの桜の名所を誇る岩手県では、妖怪にまつわる様々な伝承が人々の暮らしに身近なものとして根付いています。今年の春は、残雪の山を背景に咲き誇る桜を楽しみながら、岩手県の妖怪を探してみてはいかがでしょうか。
怪異譚が数多く残る伝承の里、遠野郷
岩手県遠野市には、河童や座敷童の伝承のほか、山の怪異にまつわる体験談が数多く伝えられています。その様々な怪異譚は、明治時代にこの地を訪れた柳田國男によって、当時の遠野の暮らしの記録とともに、『遠野物語』に収められています。
春になると、市内を流れる猿ケ石川沿いに、霞がたなびくように桜が咲き始めます。「綾織の桜並木」と呼ばれるこの桜並木は、東北の桜の名所「東北・夢の桜街道」にも選出されています。市内を取り囲む山と川、満開の桜が織りなす光景は、まるで水彩画のような美しさです。
ところ変われば河童も変わる?河童の実態
『遠野物語』には、遠野の河童にまつわるエピソードも収められています。河童といえば、緑の亀のような体に甲羅を背負い、頭に皿を載せている姿が有名です。頭の皿には水が入っており、皿が渇くと力が出なくなってしまいます。顔にはくちばしがあり、手には水かき。好きなものは相撲とキュウリで、川や沼に棲みつき、人間や馬にいたずらをしかけたり、水に引きずり込んで命を奪ったりする恐ろしい存在です。
しかし、この一般的なイメージが確立されたのは、木版印刷が盛んになった江戸時代のこと。本来河童は、棲息する地域によって呼び名が変わり、その姿や生態も様々です。
たとえば、奄美大島の河童「ケンモン」は全身が茶色の毛に覆われており、頭の皿には水ではなく油が入っているそうです。熊本県では、河童(ガラッパ)は冬になると山に入り、一つ目の妖怪「ヤマワロ(山童)」になるといわれています。宮崎県では、河童は「ヒョウズンボ」や「ヒョウスベ」と呼ばれます。冬になると山に入るのは同じですが、「ヒョウズンボ」はなんと、鳥のように群れで空を渡っていくのだそうです。
現代に残された河童の棲息地、カッパ淵
さて、遠野に棲息する河童は、どんな河童なのでしょうか?遠野では、河童は「メドチ」と呼ばれます。顔が赤いのが特徴で、その体は亀よりも猿に似ているのだとか。
遠野市土淵町の常堅寺の裏手には、河童の伝承が残る小川がさらさらと流れています。『遠野物語』によれば、ここに棲んでいた河童は、馬を川に引きずり込もうとして人間の裁判にかけられ、「もう決して馬にいたずらしない」と誓ったのだそうです。
今ではこの小川は「カッパ淵」と呼ばれており、側には河童神を祀った小さな祠があります。
昼なお薄暗いカッパ淵には、河童を釣るための釣竿が置かれています。糸の先では、新鮮なキュウリが涼しげに水と戯れています。岩に腰かけて釣り糸を垂れ、物陰からキュウリを狙う河童の息遣いが聞こえないか、耳を澄ませてみてください。しかし、決して居眠りをしないようにご用心!河童の本当の狙いは、あなたかもしれませんよ。
『遠野物語』には、カッパ淵の他にも、それぞれの怪異譚の舞台となった場所・地名が詳細に記されています。ページをめくりながら花盛りの遠野郷を散策すれば、当時の語り部たちの息遣いを、より鮮やかに感じることができるでしょう。
岩手県の妖怪の伝承・妖怪スポットは、これだけではありません。またの機会に、山男や座敷童など、様々な岩手の妖怪をご紹介いたしますので、どうぞ楽しみにお待ちください。
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[Reference]
多田克己『幻想世界の住人たちⅣ<日本編>』、新紀元文庫、2012年
水木しげる『図説 日本妖怪大全』、講談社+α文庫、1994年
東北・夢の桜街道 五十六番「綾織の桜並木」 2020年3月11日
国際日本文化研究センター 怪異・妖怪画像データベース 2020年3月11日
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